コロナ禍をきっかけとして、自分の人生を改めて見つめ直したという人も少なくないのではないでしょうか。そんな中、近年注目を集めているのが「ウェルビーイング」です。政府による働きかた改革の推進の影響などを受け、ビジネスの世界でもウェルビーイングを取り入れる企業が増え始めています。ただ、これまでウェルビーイングについて語られている書籍などの8割は欧米から輸入されたもの。国や時代、文化など土壌が変われば、幸せの価値観もそれぞれ異なるはずです本記事では、日本と海外におけるウェルビーイングの考え方の違いにふれ、そこから私たち日本人の感覚にフィットしやすいウェルビーイングについて考えてみたいと思いますウェルビーイングとは?ウェルビーイング(Well-being)とは、健康、幸福、福祉などに直訳されます。この言葉が登場したのは、1946年に世界保健機関(WHO)が設立されたときのこと。「健康とは、単に疾病がない状態ということではなく、肉体的、精神的、そして社会的に完全に満たされた状態にある」と定義しています。わかりやすく「幸福」と訳されることもありますが、「一時的な幸せ」である“Happiness”に対し、ウェルビーイングは「持続する幸せ」とされているようです。日本的ウェルビーイングの考え方では、私たち日本人はどのようなことにウェルビーイングを感じるのでしょうか。それを紐とく上で、参考になるのが「日本昔話」。どういうことなのか見てみましょう。「上ではなく、ゼロに戻る」日本の昔話によく登場するのは、おじいさんやおばあさんなどのお年寄り。ここで、子供が主人公であることが多い海外のものとは異なることが分かります。また、西洋では冒険したり、困難を乗り越えた先に幸せを手に入れるといったサクセスストーリーやハッピーエンドの物語が目立ちます。この“上”を目指す「上昇志向」というものが西洋的思考の基本となっています。これに対し、分かりやすいハッピーエンドというよりも、物語のスタートとゴールにあまり変化が見られないのが日本の昔話の特徴です。「うらしまたろう」で見てみましょう。主人公の浦島太郎は青年のイメージがありますが、実は40代と言われています。助けた亀と共に乙姫様のいる竜宮城へ行き、丁重なもてなしを受けるといった話の流れです。しかし、海外の人にとってドラゴン(竜)と聞けば、それは浦島太郎との戦いをイメージするもの。浦島太郎がお城へ乗り込み、悪者であるドラゴンと戦って囚われの身となっている乙姫様を救い出すストーリーと映ります。ところが、いくら読み進めても悪いドラゴンも戦いも出てきません。大した話の展開もないまま、最後はお土産でもらった箱を開けて”おじいさん“になって「おしまい」。これは上昇志向の西洋人には、ただ拍子抜けするだけの意味不明なお話です。こうした日本の昔話の多くは、西洋的なゼロからプラスへと上を目指すようなものとは異なり、ただ「ゼロに戻る」ことに価値を見出してきたのです。「何者にもならず、いるだけでいい」また昔話の多くは、おじいさんやおばあさんをはじめ、「誰でもない」市井の人々の暮らしを描いています。決して有名人ではない、どこにでもいそうな無名の人たちの物語が好まれるあたりも、上を目指す西洋的な思考とは大きくかけ離れています。日本の昔話は、「いるだけでいい」と承認してくれているのです。現代の社会において、私たちは常に「何者かになる」ことや、「何かをする」ことを求められています。しかし、「なる」や「する」ことに目を向けてばかりいると、息苦しさや生きづらさの原因にもなりかねません。日本の昔話にみる、“あるがままを受け入れる精神”は、日本人的な幸せへの近道とも言えるのかもしれませんね。参考文献:石川善樹×吉田尚記(2022年)『むかしむかしあるところにウェルビーイングがありました』株式会社KADOKAWAこのように対照的な文化の間ではウェルビーイングの形が大きく異なっても不思議ではありません。しかし、このようなケースもあります。「今を大切にする」ヒュッゲ(Hygge)という言葉をご存知でしょうか。デンマーク語で、“居心地のいい時間や空間”、“小さなことに幸せを感じること”など、心の持ち方を表す言葉です。北欧の長く厳しい寒さを乗り越えるための知恵として生まれました。デンマークと言えば、「世界幸福度調査」において、毎年上位にランクインする「幸せな国」としても有名です。ワークライフバランスや社会保障の充実など、社会が個人の幸せを下支えする仕組みが整っていることが、その原因として挙げられます。しかし、それも“ヒュッゲ”を重視する国民性ならではかもしれません。それほどデンマーク人にとって、“ヒュッゲ”は人生に深く根付いた考えかたなのです。日本には古くから「禅」という言葉があります。7世紀頃に中国からもたらされたもので、お釈迦様が深い瞑想のもとに悟った「無我の境地」を、座禅などを通し追体験することです。雑念を取り払い、精神を集中させ本来の自分に立ち戻る。これにより、心を穏やかに保つことができるとも言われています。この一見異なるヒュッゲと禅ですが、実は「今」という共通点があります。ヒュッゲが今の一瞬一瞬を心地よく過ごすことであるのに対し、禅は今ここにいる自分自身に集中すること。それぞれ「今」にフォーカスしています。とてもシンプルなことですが、これもまたウェルビーイングを考える上では大切なことでしょう。私たちは、不安や焦りからついつい未来のことばかり考え、今を疎かにしがちです。しかし、その遠くにある視線を「今」に向けることで、幸せの見え方が変わってくるかもしれませんね。まとめこれまでの価値観が大きく変わろうとしている今、その中心的な考えかたとして注目されているのがウェルビーイングです。国による違いはもちろん、個人でもウェルビーイングの捉え方は異なります。その中で、私たち日本人にとって、常にアップデートしながら何かを目指すだけでなく、今あるものに目を向けるという考えかたはどこかしっくりくるものがあるのかもしれません。ぜひ、これを参考にあなたなりのウェルビーイングを探してみてくださいね。