本記事では、過去のトラウマと向き合いたいけど、「どうして良いか分からない」「向き合うのが怖い」と思っている方に、実際に行ったセルフカウンセリングをご紹介します。トラウマやその症状についてのお話は他の記事でご紹介してますので、同時にご覧ください。本記事はより実体験に焦点を当てた記事となっています。🔷 「心の傷」トラウマとは?原因や症状は?向き合い方や付き合い方をわかりやすく解説私は過去に、壮絶なDVを受けていました。でも今の私は、”DV被害者とは思えない!”と言われます。DVから逃げ出した後も、私の何が原因でこうなっているのかや、相手が悪かっただけなのかは全くわからず。小さな子どもを抱えてどうにか忘れよう。時間と共に傷が癒えるようにと毎日を過ごしていました。実体験の話をもとにしているので、皆さんの状況と似ていること、そうでないことはあるかと思いますが、少しでも皆さんの心を軽く、何か前へ踏み出すきっかけになれば嬉しいです。私が乗り越えたおすすめの方法を体験を交えてお話ししていきます。セルフカウンセリングのタイミングトラウマを抱えている方は、異なる環境、周囲の状況なども踏まえて、まだ自分や自分の過去と向き合うことは難しいといった方もいるかと思います。私自身もセルフカウンセリングが出来るようになるまで15年という月日を過ごしてきました。これまで送ってきた壮絶な体験を「DVされてました!それでも、明るく今日も生きていくんだよ!」という映画にして、観た後に、私も何か変わりたい!と思えるようなそんなメッセージを込めたものを作りたい!と思っていました。しかし、肝心の心の状態と向き合うことは出来ずにいて、他人の大声のケンカを聞いたときや、インターホンが鳴ったときなどに自分が怒鳴られてる気がしたり、居場所がバレたかもしれない。と身構えるなどよくフラッシュバックしてました。私自身は心に蓋をしていて他人事というか、過去のDVに関して何とも思っていないので笑いながら過去のDV旦那のエピソードを話したりするのですが、後日、気持ちが当時の”気持ち”に持っていかれてしまって数日間、なんだか気分が重い日を引きずるなどそういった日々も過ごしてきました。同じように何かトラウマを抱えている皆さんも無理して笑いごとにしたり、心に蓋をしてしまうことがあるのではないかと思います。無理して、向き合う必要はありません。ご自身のタイミングで、少し頑張ったら自分を褒めてを繰り返しながら、出来ることからセルフカウンセリングをやってみてください。客観視出来る状態にするための”書く”という方法皆さんは、日記を書いたり、ブログを書いたりといった経験はありますでしょうか。心理学の中でもジャーナリングは有名です。心の整理や物事を事実と感情に切り分けて見直すうえでもこのジャーナリングというのは客観視するにはピッタリの方法です。私は、子育ても少しずつ手が離れていき、少し時間に余裕が出来て”やらない言い訳”を探し続けていたDVブログを書き始めてみました。自分自身を客観的に見ることや、今も同じような思いをして苦しんでいる人たちにとって、もっと自分を大事にしよう!と、勇気を出すきっかけになればと思いました。過去の情報と向き合うために様々な資料に目を通したのですが、驚くことに私の心の傷と比例して膨大な資料だと思っていた裁判資料が思ったより薄かったのです。ブログに書き起こすのも苦痛な量だと認識していたので、事実と感情や想像によって作られたものとの乖離にまず気づく事ができました。資料の通りに時系列に書き進めていくと、これまで気づかなかった自分の抱えている問題や、性格、様々な自分の姿が見えてきました。例を挙げると、・自分に自信がない・自己肯定感が低い・自分軸がない・他人軸で生きていたそんな事が客観的にどんどん見えて来ます。皆さんも自分が思っている以上に自分を知らなかったり、当時と現在を比較して見えてくることが多くあるかと思います。私の結婚生活の数年間は、私の人生に私が不在だったことに気づけ、他人軸で相手の人生を歩んでいたから、私の人生の主役が誰もいなかったことに気づいた時には、いかに自分軸がないかを感じさせられました。見ないようにしていた自分を受け入れる自分自身が何に1番トラウマを感じているのかを書き進めていくと、過去に感じていた感情や苦しさ、訴えを感じると思います。今と過去で状況は変わっていたとしても、過去の自分からの訴えに心が苦しくなったり涙が出ることもあるかと思います。私自身も、今はもう辛くも悲しくもないのに涙が止まりませんでした。過去と向き合っていくと、八方塞がりで何も出来ない苦しみや、我慢するしかなかった絶望感など、リアルな状況と向き合う場面が出てくると思います。人によってはパニックを起こしてしまったり、心と体の具合が悪くなってしまうこともあるので、休み休み行ったり、または第3者(大切な人や、外部の専門家)の方とやるという手段も考えましょう。私の場合は、情報の収集からブログの執筆まで夢中になり、止まりませんでした。あの時、誰か助けて!と思っていた”私”に15年後の”私”が、大丈夫。一緒に逃げよう!と今、言ってあげたい。という強い気持ちで、出てくる気持ちを文字にしていきました。感覚で言うと、この辛い過去に向き合うというのは、”私”の失ってしまった心の欠片を一つ一つ拾いながら絆創膏で止めて一つに補修していく。そんな作業でした。辛さやトラウマと向き合う怖さもありましたが、このブログを書くという作業で、自分の人生で、もう過ぎた出来事だから仕方ない。と向き合いもせず自分を蔑ろにしてきたことに気づくことができ、そこで今までみたいに傷ついた自分を他人事としてそのまま放っておくのではなく、書き続けることで自分事として初めてちゃんと受け入れる事ができました。そして、何よりこの”自分を受け入れる”という事が出来たからこそ”私”の土台がしっかりしてきたなと思います。こうやって自分と向き合うために文字へ起こし、客観的に振り返ったことで、私が私自身を無視し続けていたことに気づき、本当の”私”と仲直りした感じです。時間を掛けながら自分と向き合うために書くことはもちろんおススメしますし、私はやって良かったとおもっています。ですが、向き合うにもかなりの年月が要りましたので、あなた自身のタイミングで、1人だと怖ければ誰かと一緒に、客観視して見てはいかがでしょうか。終わりはない”自分と向き合う”ということブログを続けて行く中で、自分の子どもの不登校について書いていた中で、母と私と娘の関係性から私の幼少期を振り返るきっかけになりました。まだまだ自分の知らない姿や、抱えているものに気づくことはあり、自分と向き合うことに終わりはないなと感じました。少なからず、誰もが自分に”無価値感”を感じていたり、”自己肯定感”が低かったり、”孤独”を感じて辛いと思うことがあるかと思います。なぜ無価値感を感じるのか、なぜ自信を持てないのか、なぜ自分は孤独だと感じるのか、それは誰のせいでも、環境のせいでもなく、自分自身の内側の問題であることが多々あるかと思います。知っているようで知らない自分自身と向き合い理解を深める事ができれば、問題も見えてきます。被害者は、いつまでも被害者でいる必要はないし、過去に起きた出来事に囚われて被害者でい続けていたら、今の自分を大事にすることは出来ません。ちゃんと自分と向き合い、自分の全てを受け入れて、自分の尊さに自分で気づくこと。そしたら必ず、”本当の自分”に出会えると思います。終わりのない「自分と向き合うこと」を自分のタイミングで取り入れるきっかけにこの記事がなれば嬉しいです。また、私が自分と向き合うためにお話してきたブログの内容はこちら(DV卒業して幸せになった話)にありますので、同様に悩みを抱えている方や自分に無価値を感じてしまっている方にも、少しでも自分も向き合ってみようかな、一歩踏み出してみようかなと思えるきっかけになればと思います。