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【INTERVIEW】  苦しむ人の笑顔のために、差別や偏見をなくしたい。これからの自分にできること。

YUKI

Name

YUKI

Work

現地プロジェクトコーディネーター

Dream

予防できる病気で亡くなる人を1人でも減らしたい

アフリカのマラウイ共和国で現地駐在員として活動しているYUKIさん。今回は公衆衛生や環境改善に日々奮闘するYUKIさんから、異国で活動する大変さや、人々の温かさについて伺います。

ーーまずは簡単なプロフィールをお願いします。

YUKIさん:YUKIといいます。大学院を修了後、JICAの青年海外協力隊として2年間アフリカのマラウイで感染症対策の活動をしていました。その後1度日本に帰国し、再度マラウイで現地駐在員としてJICAのプロジェクトに関わっています。

ーーJICA(青年海外協力隊)を選ばれたきっかけを教えていただけますか。

YUKIさん:青年海外協力隊はアフリカを含めいろいろな国で活動していますが、私の場合は、もともとアフリカに興味があったんですね。それにアフリカでなら実務経験もたくさん積めますし、大学院で学んだことを活かせると思いJICAを選びました。

ーーマラウイを選んだのはどのような経緯からでしょうか。

YUKIさん:マラウイに行く前に、東アフリカのケニアとウガンダに行ったことがあったんです。どちらも良い国だったので、同じ東アフリカのマラウイ共和国にも行ってみようと思い決めました。マラウイは最貧国に位置付けられているので、どのような状況なのか知りたかったというのもあります。

ーー感染症やエイズについても興味があったのですか?

YUKIさん:そうですね。私の場合は、病気にならない体作りや環境構築に関心があったので、大学院では公衆衛生や予防医療などを専攻しました。病気や感染症というと医学部を想像されるかもしれませんが、マラウイを含め、アフリカでは予防できる病気で亡くなる方が圧倒的に多いんです。なので、そういう状況を少しでも改善できたらという思いがあります。

ーー素晴らしい行動力だと思います。現地で多忙な毎日を送られているYUKIさんですが、言語を学ぶのが趣味だそうですね。

YUKIさん:英語は必須なのでずっと勉強しています。それとマラウイでは現地の言葉があるので、現地語も積極的に勉強していますね。ある程度の学歴がある人とは英語で会話できるのですが、十分な教育を受けられなかった人も多いので、そういう人たちとのコミュニケーションでは、なるべく現地の言葉を使うようにしています。

言語を学ぶのは難しい側面もありますけど、学ぶことで新しい出会いが生まれ、価値観や文化を深く知れるので楽しいです。それと今後は西アフリカにも行ってみたいので、フランス語も頑張ろうかなと計画中です。

ーーマラウイでは料理もされるとお聞きしました。

YUKIさん:料理もします。もともと大の苦手だったのですが、海外に長期滞在し始めてから趣味になりました。今では料理と食べることがストレス発散です(笑)。

現地には日本食レストランがないので、自分で作って日本食を楽しんでいます。

マラウイではシマと呼ばれるとうもろこしを粉にして、お湯で練ったものが主食なので、どうしても日本食が恋しくなるんですよね。やっぱりお醤油を使った和食料理とか・・・。でも、わさびは苦手です。

ーー昼夜を惜しまず勉強した修行時代、すべては苦しむ人のために。

ーーYUKIさんの人生において、大変だったことをお聞かせいただけますか。

YUKIさん:大学院時代は想像以上に大変でした。私はイギリスの大学院に1年間通ったのですが、本来2年で履修するものを1年で修了しなければならなかったので、本当にスケジュールがタイトだったんです。それに医療関係を勉強するのは初めてでしたし、授業は全部英語だったこともあり、その点でも苦労しました。

ネイティブのように英語が話せなかったので、1年間泣きながら勉強したのを覚えています。でもその道を選んだのは自分なので、最後までなんとかやり切れたのだと思います。

イギリスに行く前は、学費は高くないし、時間の短縮にもなるから良いかなと思っていたのですが、実際に行ってみたら「そんなに簡単じゃないな」と痛感しました。

ーーマラウイでの2年間も大変だったそうですね。

YUKIさん:そうですね。アフリカでの長期滞在は初めてだったので、最初は文化や価値観の違いに慣れるのが大変でした。

たとえば日本の場合は、子どもの頃から5分前行動を教わるじゃないですか。でも現地の人は1〜2時間遅れて来るのが普通で、ミーティングが時間通りに始まることもほとんどありません。最初の頃は戸惑いました。「今どこにいるの?」と電話したときに「今向かってる」と言われたときには、早く来てよと(笑)。でも今は慣れたし彼らには彼らなりの事情があることも理解できるようになったので、待ち時間は読書をしながらのんびりしています。

その他にも、日本に対する彼らのイメージなのか「お金くれないの?」と言われたり、悪意のない差別も受けたりもしました。面白半分に「チン・チャン・チョン」(中国語を真似た差別用語)で話しかけてくるんですよ。彼らにとっては、日本人と中国人の区別がつかないので・・・。もちろん、私たちアジア人からしてもマラウイ人やタンザニア人、ケニア人などの区別もつかないので同じですけどね。

そうした差別や偏見もありますが、それと同時に、自分も相手に対して差別をしていたことに気が付いたので、大変だったけど学びが多い2年間でした。

生活面では、電気や水道などのインフラが不安定なところが不便ですね。停電も珍しくないですし、電気がないと仕事ができなくなることもあるので。停電するときは大体5〜6時間は電気が使えないんです。

ーーインフラが止まったときはどのように対処するのですか?

YUKIさん:飲み水とは別に、普段から20リットルくらいのタンクに水を貯めているので、洗い物や洗濯はその水でカバーしています。停電の場合は、バウラーと呼ばれる日本の七輪に似た物があるので、食事のときにはそれを使って賄っています。外国の人だと、ジェネレーターで発電している人もいますよ。

ーー現地の方とはどのように接しているのでしょうか。

YUKIさん:できるだけたくさん会話をすることを心がけています。

たとえば日本人の場合だと、相手の気持ちを察する文化がありますが、海外では「言いたいことは言う」文化ですよね。なので「言わなくてもわかってくれているはず」ではなく「言わなければ伝わらない」と考えるようになりました。

あとは、なるべく現地の言葉で彼らを理解するように努力しています。

もちろん私から先に相手をリスペクトするのが前提として、それでも一緒に働く以上、日本のやり方も理解してもらう必要があります。なので、その上で「お互いの文化や価値観を理解して、リスペクトしよう」と伝えていて、それは日頃から大切にしていることですね。

難しいことですが、そうすることでお互いの国について理解が深まることもあります。毎日大変で、泣きたくなるときもありますが、いろいろな人に関われたことや、たくさんの人にお礼や感謝の言葉をかけてもらえるのが何よりも嬉しいです。

マラウイはwarm heart of Africa(アフリカの温かい国)と呼ばれるくらい優しい人がたくさんいる国です。今の仕事は今年(2024年)の10月に終わりますが、これからもずっと関わり続けたいと思っています。

ーー差別や偏見のない世界を目指し歩み続ける。

ーーYUKIさんにとってのターニングポイントは大学院時代とお聞きしました。

YUKIさん:大学院生のときは、分からないことがあれば遠慮せずに質問していました。質問するのが苦手と感じる日本人は多いと思いますが、でもそれにより後で取り返しのつかないことになるのは自分なので。理解できるまで先生に質問して、疑問を解消することに全力でした。
なので、積極性がかなり身についたんじゃないかと思っています。あのときは、本当に人生で一番寝てなかったんじゃないかな。

ーーマラウイでのターニングポイントはどう乗り越えたのでしょうか。

YUKIさん:やはりインフラの問題ですね。でも電気が使えなくても本なら読めるので、読書したり、散歩したりして自分自身を見つめ直すことを心がけてました。あとはカメラが好きなので、写真を撮りに行ったり、ぼんやりと星空を眺めたり。不便は多いけど、自分で時間を上手く使うことや、のんびりした生活ができるようになったのは大きな収穫ですね。

文化や価値観の違いの面では、ポジティブに「予定通りには行かない」「マラウイは日本とは違う」と思えるようになったことです。そういうマインドでいれば、雨でミーティングが中止になっても「明日またやればいいか」と思えますし。日本では許されないかもしれませんけど・・・。日本人からすればいい加減ですが、「まあいっか」「なんとかなる」ってマインドが異文化で暮らす上でストレスを溜めないコツなのかなと思っています。その方がある意味では人間らしいかなとも思えるようになりました。

ーー現在の活動について教えてください。

YUKIさん:マラウイを含むアフリカでは、今でも衛生環境が悪い状態が続いています。そのため現在はJICAのプロジェクトとして、マラウイの人々に衛生的なトイレを設置する作業をしています。マラウイでは人口の8割が農業に従事しているのですが、国そのものが貧しいため十分な化学肥料が買えず、良い作物が育てにくいという現状があるんです。

こうした問題を解決するため、人間の排泄物から堆肥ができるように設計されたトイレを設置し、肥料の確保と衛生面の改善に取り組んでいます。

その他には、青年海外協力隊からの活動を継続する形で自分が作ったNGOの運営をサポートしたり、日本の「置き薬」の文化をベースにしたタンザニア支援を実施しているNGOにもプロボノとして携わったりしています。今後は他のアフリカ地域にも行きたいので、なんらかの形で関わっていけたらという感じですね。

ーーYUKIさんは多方面でご活躍ですが、今後のビジョンやチャレンジしたいことなどありますか?

YUKIさん:最近今後どうするのか、自分はどうしたいのかというのを20代の時よりもさらに考えるようになりました。というのも20代の頃は国際的に活躍できる国連職員を第一希望にしていました。ただ今では、マラウイでの経験を通して青年海外協力隊の時にお世話になった人たち含めマラウイの人たちのために何ができるのかを強く考えるようになりました。ある意味恩返しというか、見知らぬ外国人を受け入れてくれて助けてくれたことに対して何が返せるんだろうと日々考えています。

青年海外協力隊に行く前後で大きく変わったなと思ったのが、協力隊前はたくさんの人を助けたい、というところから、協力隊後には誰か不特定多数じゃなくて、自分の周りにいる友人や知り合いの助けになる仕事がしたい、になりました。もちろん自分の専門である公衆衛生を活かして。

国連の職員として、アフリカの国々で働くことを目標にするのは変わりません。一方で、現地の人と直接会って「元気?」とか「農業の調子はどう?」のように、会話しながら仕事をするのも自分には向いているのかなとも思っています。

国連や外務省、JICAのように国のために働くことも大事ですが、私は人と直接関わる仕事の方が楽しいと感じているので、人と関われる仕事ができればという思いが強いですね。


あとは、アフリカでのHIVやエイズ陽性者に対する偏見や差別を無くすのも目標です。

もともと公衆衛生に携わりたいと思ったのは、差別や偏見を無くしたいという思いがきっかけでした。

現在でも完治はできませんが、今は薬が進歩しており、陽性者であっても健常者と同じ暮らしができるまでの改善が見込めます。

それにも関わらず、陽性者になったことで学校に行けなかったり、働き口がなくなったりなどの事態が後をたたず、家族に縁を切られるケースもあるんです。そうではなく、陽性者であっても、みんなと同じ普通の暮らしをし、差別、偏見のない暮らしができるような支援をしていきたいと考えています。

ーーさまざまな活動を通じて、YUKIさんが幸せを感じる瞬間はどのような時でしょうか。

YUKIさん:私は初対面が苦手なタイプなんですけど、マラウイに来てからは人と関われる楽しさとか、誰かのために仕事ができるって素晴らしいことだなと改めて感じています。

お礼を言われたときに「ありがたいな」と思ったり、日本に帰る時に現地の人が泣いてくれたり。アフリカの伝統的な布で作ってくれた服を最後にプレゼントされたときには、相手の思いの深さに心から感動したのを今でも覚えています。そのときは本当に幸せを感じました。

「やってきてよかったな」と思ったし、マラウイに帰ってきてからも、以前の同僚から「前に言われたことを今も続けているよ」と言われたときには、私の2年間は無駄じゃなかったと実感しました。

私の場合は定期的に仕事が変わるため、今後も就職活動をしなければならないのですが、
これからも自分の直感を信じて、楽しいとかワクワクする仕事を続けられたら良いですね。

あとは現地の日本人コミュニティの仲間同士で材料を持ち寄って、一緒にごはんを作ったりするのも幸せですね。小さいことですが、みんなに「おいしい」って言ってもらえることって、ありがたいことですもんね。

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